2019年04月
千円札に描かれた鎌倉期の石灯篭|建部大社
新しいお札のデザインが発表されました。新しい1000円札には北里柴三郎の肖像がデザインされるそうです。さて日本で初めて発行された1000円札をご存知でしょうか?幻の千円札と呼ばれるお札には滋賀県の建部神社がデザインされていました。赤丸のところに灯篭があるのがわかりますか?
描かれている石灯篭は現在本殿に向かって右側にあります。
【鎌倉時代の石灯篭】


たっぷりとした厚みの受
柱の節に連珠紋がある灯篭です。同じ時代の滋賀県内にある灯篭では高木神社や蝉丸神社 祇園神社 河桁河邉神社の石灯篭にもみられるデザインです。
以前は灯篭の周りは土でしたが現在は石張りされ地輪(土台の石)の厚みは半分以上埋まって見えなくなっています。元の姿が見えなく残念ですが、地輪は底面が土に触れている為、水分を石が含むことになり、700年以上前の古い灯篭ですと風化の影響がでてくる可能性のある部分でもあります。長く保存維持するための策なのかなと思いました。
重要文化財の石灯篭でも、興味深く眺める人にはあまり出会いませんが、ここでは一眼カメラで写真を撮影する人に遭遇し感動しました。石灯篭がもう少し注目されるようになるといいのになと期待しています。
こちらをモデルに弊社にて製作しました灯篭があります。
詳しい製品案内はこちら
軸の部分に高さがある珍しい形の宝珠です。きのこ型のきれいな宝珠だと眺めています。
重厚感のあるたっぷりとした受が特徴的です。
丸い彫刻を連ねた連珠紋
地輪の蓮弁彫刻が波打った輪郭となり焼き菓子のようなかわいらしさがあります。
建部大社は近江国の一ノ宮として歴史のある神社です。お参りの際は石灯篭も眺めてみてください。
【建部大社 滋賀県大津市16 神領1丁目16−1】
皇室と関係のある灯篭~丸雪見の成り立ち~
写真の丸雪見灯篭は、昭和天皇の弟である三笠宮様が岡崎を視察される記念に作られた石灯篭です。岡崎では戦前のピーク時には350軒もの石屋があったといわれています。その中でも腕の良い職人が作ったことでしょう。石灯篭を2基作り、その内の一基は宮邸に贈られ一基は岡崎の地に建てられました。ご縁があり弊社にて展示することになりました。
こちらの丸雪見灯篭は戦前に岡崎で作られたものです。
昭和初期の電動工具を使わない手加工のノミ跡が見られ、丁寧に作られた良品です。
笠の花びらの模様は現在岡崎で作られる丸雪見と比較すると、あっさりと彫刻されています。
笠の彫刻

足の形も異なります。
丸雪見の特徴的な『猫足(ねこあし)』と呼ばれる丸まった足先のデザインは、現代では通常外側に丸みを作りますが、こちらの灯篭は内側に丸くなっています。

彫刻の少ない丸雪見灯篭のことは現代の丸雪見灯篭と区別して、古代丸雪見と呼んでいます。
古代丸雪見は、笠や受に彫刻がなく、火袋の窓にも格子模様がありません。足は猫足ではなく真っ直ぐ平らな面で地面をささえます。
【現代の丸雪見灯篭】
この形に統一されるまで、時代とともにさまざまな形のものが作られ少しずつ変化を遂げ現在の形に統一されていきました。
今回ご紹介したこちらの灯篭は、古代丸雪見から現代の丸雪見へ進化の段階のようです。
やさしくコロンとした線が硬い石にもかかわらず柔らかな印象を与えています。
令和の文字彫刻した石|令和元年五月一日

石に日にちや名前を刻む機会は生活の中で頻繁にあることではありません。私たち石屋の場合は設置した日にちや関係者の名前を石に刻むことが多くありますが、お客様一人一人にとっては意味のある特別なことです。
平成という元号のうちに石工事をして、平成と刻みたいという方、元号が決まったら新しいものを刻みたいという方、どちらのお客様もいらっしゃいます。新元号をご希望の方は4月1日の発表待ちの状態でした、さっそく一つ一つ彫刻作業が行われます。
元号が決まり話題になった「令」の文字の書き方は、最後の画を伸ばす、止めてカタカナのマにする、その他どのような書き方も彫刻可能です。ご指定がなければ、縦棒を伸ばす文字をご提案いたします。

石屋の場合、神社仏閣へ奉納されれる鳥居・灯篭・狛犬や狐の台座や記念碑、墓石などの建立年月はほとんどの場合、和暦を用いています。
令和元年五月一日と彫刻したました。(道祖神の後ろ面です。)

令和と刻まれた石を見ても、まだ見慣れない文字の並びですが、こうして時代ごとの人々の想いが繋がって歴史になっていくのだなと感じました。刻むという行為は後世に残るもので、紙に書く・描くとは少し違う意味合いがあるように思います。新しく始まる期待や希望が石に込められたように見えます。
