愛知大学豊橋キャンパス内にて、記念碑の移設工事を行いました。
2026年に創立80周年を迎える愛知大学の創設時を解説する記念碑が、
同窓会記念会館の裏手にありました。
この度、キャンパスのメモリアルエリアにある
「愛知大学設立趣意書の碑」「自由受難の鐘」の横に
この記念碑を移設したいという、ご相談でした。
亜細亜友好記念碑(移設前)
本体 幅1960mm 高さ1150mm 奥行300mm 重量約1800kg

石碑によると、愛知大学は1946年(昭和21年)に創立され
終戦によって、海外にあった大学からの引き揚げ学徒が多く編入した歴史があります。

2014年に建てられた「亜細亜友好記念碑」は、
戦前戦後の日本・中国・満州・朝鮮・台湾・モンゴル・ロシアなど
国籍を超えた友好の証です。背面には戦前、
国外にあった大学の学生・教職員らの名前が刻まれています。
移設工事の様子をご紹介します。
友好記念碑は、多くの学生が利用する「そよかぜ広場」前へ移設します。

基礎工事

転圧

杭打ち

砕石敷設後の転圧

コンクリート打設

鉄筋

基礎工事完了

後日、記念碑の移設工事を行いました。
カニクレーンという移動式小型クレーンを使います。

クレーン付きトラックが入れない場所でも
重たい石を持ち上げて移動することができます。
本体とゲタの合端にある接着剤を切り離すために、ジャッキで本体を持ち上げます。

カッターで本体の底面をくさびが入るように削ります。

本体の背面が持ち上がるように
クレーン・ジャッキ・くさびをそれぞれ効かせながら作業します。

背面側を持ち上げながら、合端の接着剤を切り離します。

本体をカニクレーンで吊り上げます

ゲタを取り外します。

基礎工事をした移設先で、ゲタの設置をします。

本体を置きます。


移設後

記念碑は、歴史や人々の思いを未来へ残し伝える役割があります。
この碑に込められた思いを、より多くの人に知ってもらえるようになると良いです。

愛知大学設立趣意書の碑の脇に、亜細亜友好記念碑が移設されました。
愛知大学設立趣意書の碑↓(そよかぜ広場前)

愛知大学は、空襲を免れた陸軍予備士官学校(かつての陸軍第15師団)跡地に創立しました。(現在の豊橋キャンパス)
空襲により焼け野原となった豊橋市街地から少し離れたこの地域には、戦争遺跡が多くあります。
これらの歴史は、愛知大学建学の精神へも繋がるのではないでしょうか。
敗戦後に「世界文化と平和への貢献」、「国際的教養と視野をもった人材の育成」、「地域社会への貢献」を掲げた建学の精神は、戦後80年を迎える現代においても重要なものだと思います。(N)
豊橋市に関連する記事↓
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同窓会記念会館の裏手にありました。
この度、キャンパスのメモリアルエリアにある
「愛知大学設立趣意書の碑」「自由受難の鐘」の横に
この記念碑を移設したいという、ご相談でした。
亜細亜友好記念碑(移設前)
本体 幅1960mm 高さ1150mm 奥行300mm 重量約1800kg

石碑によると、愛知大学は1946年(昭和21年)に創立され
終戦によって、海外にあった大学からの引き揚げ学徒が多く編入した歴史があります。

2014年に建てられた「亜細亜友好記念碑」は、
戦前戦後の日本・中国・満州・朝鮮・台湾・モンゴル・ロシアなど
国籍を超えた友好の証です。背面には戦前、
国外にあった大学の学生・教職員らの名前が刻まれています。
移設工事の様子をご紹介します。
友好記念碑は、多くの学生が利用する「そよかぜ広場」前へ移設します。

基礎工事

転圧

杭打ち

砕石敷設後の転圧

コンクリート打設

鉄筋

基礎工事完了

後日、記念碑の移設工事を行いました。
カニクレーンという移動式小型クレーンを使います。

クレーン付きトラックが入れない場所でも
重たい石を持ち上げて移動することができます。
本体とゲタの合端にある接着剤を切り離すために、ジャッキで本体を持ち上げます。

カッターで本体の底面をくさびが入るように削ります。

本体の背面が持ち上がるように
クレーン・ジャッキ・くさびをそれぞれ効かせながら作業します。

背面側を持ち上げながら、合端の接着剤を切り離します。

本体をカニクレーンで吊り上げます

ゲタを取り外します。

基礎工事をした移設先で、ゲタの設置をします。

本体を置きます。


移設後

記念碑は、歴史や人々の思いを未来へ残し伝える役割があります。
この碑に込められた思いを、より多くの人に知ってもらえるようになると良いです。

愛知大学設立趣意書の碑の脇に、亜細亜友好記念碑が移設されました。
愛知大学設立趣意書の碑↓(そよかぜ広場前)

愛知大学は、空襲を免れた陸軍予備士官学校(かつての陸軍第15師団)跡地に創立しました。(現在の豊橋キャンパス)
空襲により焼け野原となった豊橋市街地から少し離れたこの地域には、戦争遺跡が多くあります。
これらの歴史は、愛知大学建学の精神へも繋がるのではないでしょうか。
敗戦後に「世界文化と平和への貢献」、「国際的教養と視野をもった人材の育成」、「地域社会への貢献」を掲げた建学の精神は、戦後80年を迎える現代においても重要なものだと思います。(N)
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