岡崎市 老舗石屋㈱杉田石材店のブログ
石灯篭(とうろう)庭園・神社用など石製品の製造販売

【創業190余年の老舗石屋】国内最大級の在庫展示数 石灯篭(とうろう)水鉢など庭用石製品をはじめ、石製品全般取り扱っております。本格こだわりの手作り石灯篭(とうろう)をお探しの方は実際に見比べてください。工場では職人の制作風景もご覧いただけます。~心のかよう石づくり~をめざし見る人の心が豊かになるよう心を込めて造っております。これからも技術を絶え間なく積み重ねてまいります。当ブログでは石彫刻品 記念碑 石像 モニュメント等の製作過程や設置事例をはじめ石屋の日々をお伝えしております。

2025年09月

今年の初め頃、狛犬の修理のご相談を受けました。
狛犬の交換とクリーニング|又八神明社
狛犬の破損状況を確認すると、下あごが落ちていました。
顔だけの破損なら修理や補修ができるかもしれません。
神社狛犬交換|又八神明社
さらに全体を見ていくと、胸から腕に亀裂があります。
神社狛犬交換|又八神明社
砂岩系の石でよく見受けられるのですが、
一部の石は、表面が剥離していました。
叩いてみると、軽い音がして表面は石が浮いてきているのが分かります。
神社狛犬交換|又八神明社
両側の狛犬どちらにも、亀裂がありました。
神社狛犬交換|又八神明社
修理の可否は、破損の箇所や具合と、
石の状態から総合的に判断してお返事しています。
今回は、どちらの狛犬も新しく交換するご提案をしました。

台石は本体とは異なり、みかげ石で作られていました。
ヒビや亀裂もなく水平に設置されているので、狛犬交換後も引き続き使用できます。
狛犬交換クリーニング|又八神明社

余談ですが、境内に奉納されている勧修寺灯篭
勧修寺灯篭|又八神明社
ロウソク立てとして機能しているのが、
いいアイディアだなと思いました。
正面を開閉式の戸にしています。
勧修寺灯篭|又八神明社
地域の方々と協議の上、新しい狛犬をご検討いただきました。

設置工事の様子をご紹介します。
狛犬交換のために、狛犬を取り外します。
狛犬の交換とクリーニング|又八神明社
『納』と彫られた台も取り外します。
下側の台座は、3つの石を組み合わせて作られています。
台座の中央には、土が入っています。
狛犬の交換とクリーニング|又八神明社
台座のクリーニングして
土を出して、セメントを入れ直しピンを差し込みます。
狛犬交換クリーニング|又八神明社
底面に穴あけをした上の台を戻します。
狛犬交換クリーニング|又八神明社
台と狛犬を固定していた古いセメントは、取り除きました。
狛犬との接合部にもピンを入れます。
狛犬交換クリーニング|又八神明社
新し狛犬を設置します。
狛犬交換クリーニング|又八神明社
狛犬交換クリーニング|又八神明社
持ち帰ってきた狛犬たちは、いい顔をしていました。
表情から愛されてきたんだなと感じます。
又八神明社狛犬
両足で立って親の腕にしがみついている子どもの姿もかわいいです。
又八神明社狛犬
交代した新しい狛犬たちは、秋のお祭りでお披露目されます。
新しい狛犬たちも可愛がってもらえると嬉しいです。
【施工前】
狛犬交換クリーニング|又八神明社
【狛犬交換・クリーニング後】
狛犬交換クリーニング|又八神明社
こちらの又八神明社は、愛知県弥富市又八という場所にあります。
境内には『白文鳥発祥の地』の石碑が建立されていました。
弥富市は、金魚の生産も有名ですが、白文鳥の産地としても知られています。
歴史民俗資料館では、文鳥館鳥と課鳥が勤務している文鳥推しの街です。(N)






「神社の石灯篭が傾き、火袋にヒビが入っています。
ヒビの修理をお願いできますか。」とお問い合わせがありました。
灯篭傾き直し(工事前)
木の根に押されて、灯篭が傾いています。
傾きの原因である灯篭脇の木は、既に伐採してありました。
灯篭傾き直し(工事前)2
火袋のヒビには、セメントで補修された跡があります。
神社の石灯篭ヒビ
火袋のヒビは補修しても
上からの重みに対しては、強度が弱くなっています。
笠と宝珠の重量(春日7尺の場合約200kg)を考慮すると、
今回の補修はお断りするしかありません。

火袋のヒビは多くの場合、
上記の理由から補修をお断りすることになります。
欠けは補修するケースもあります。
一度、ご相談ください。

上に重量の掛からない部分(宝珠や笠の角など)は
補修できる可能性が高いです。


代わりに、火袋のみの交換をご提案しました。
7尺用の春日灯篭の火袋
春日灯篭の火袋7尺用
火袋の交換と合わせて、
基礎から据え直して傾きを直します。
【工事前】
神社の石灯篭傾き直し|服部八幡神社
灯篭をパーツごとに取り外して
接合部に付いているセメントを取ります。
神社の石灯篭傾き直し|服部八幡神社
接合部には、ピンを入れる穴を現地で掘ります。

灯篭を据え直します。
お祭りで使用するスペースを確保するため、元の位置へ据え直します。
神社の石灯篭傾き直し|服部八幡神社
杭を入れて砕石を入れて叩きしめます。
神社の石灯篭傾き直し|服部八幡神社
接合部にはステンレスピンを入れます。
神社の石灯篭傾き直し|服部八幡神社
柱の上部
神社の石灯篭傾き直し|服部八幡神社
笠の上部
神社の石灯篭傾き直し|服部八幡神社
火袋を新たなものに交換して据え直しました。
【工事後】
神社の石灯篭傾き直し|服部八幡神社

傾いていたロウソク立ても、解体して据え直します。
【工事前】
神社ロウソク立て傾き直し
こちらも接合部にピンを入れます。
神社のロウソク立て傾き直し|服部八幡神社
2本の石を一緒に板で挟み、ベルトで固定します。
神社のロウソク立て傾き直し|服部八幡神社
笠と壁の接合部にもピンを入れます。
神社のロウソク立て傾き直し|服部八幡神社
サッシはコーキングを入れて固定します。
神社のロウソク立て傾き直し|服部八幡神社
昔造りの石造物は、機械で切ったように揃っていない要素もあり、
ピッタリ、キッチリとは据え直せないこともあります。

解体や据え直し工事のように、既に据えてあるものは、
取り外してみないと、接合部がどうなっているのか、
掘り出してみないと、土に埋まった部分がどうなっているのか分かりません。

想定できることを準備して、工事へ向かいます。
工事をしながら、できる最善を見つけて作業しています。
【工事後】
神社のロウソク立て傾き直し|服部八幡神社
石造物は傾きが大きくなると、
石が割れてしまうこともあります。
突然、灯篭や石造物が倒れることは考えにくく、
傾く→ヒビ割れが生じるといった具合で、危険度が進行していきます。

傾きが気になる時は、石に亀裂が入っていないか確認して、
必要に応じて、人が近付けないようにロープで囲うなど
安全対策を実施の上でご相談ください。

お参りやお祭りなど、安心して訪れることができるようになるといいです。(N)









ハワイへ石灯籠を輸出します。
ハワイ向け荷姿 (2)
『Aloha』とお問い合わせメールが届いたのは6/25
ハワイ島への配送をご希望でしたが、
オアフ島ホノルル港までの手配となりました。
(9月下旬:名古屋出港 11月初旬:ホノルル着予定)
ホノルルからハワイ島のご自宅までの船と陸送は、お客様に手配していただきます。

春日灯篭と置き灯篭を発送します。
海外輸送の為、植物検疫をクリアできるよう
灯篭をパーツごとに分けて、土や苔類を落とします。
春日灯篭洗浄後|海外発送
プラスチックパレットに各パーツを固定します。
海外発送|梱包
今回は木枠梱包ではなく、強化段ボールを使用した梱包です。
荷物のサイズに合わせて梱包業者様に製作してもらいました。

プラスチックパレットのサイズに合わせて
囲い壁を作り、蓋を被せて箱型の梱包にします。
海外発送|梱包
プラスチックパレットと上箱をベルトで固定します。
ハワイ向け荷姿 |海外発送
お客様にとっては、石製品の輸入や配送手配も初めての経験です。
ひとつずつ確認をして書類や受け取りの段取りをしていきます。

メールのやり取りからも丁寧な人柄が伝わります。
到着を楽しみにしてくれているハワイのお客様の元へ
無事に届きますように(N)
ハワイ向け荷姿 (3)
小さな製品はEMS(国際郵便)にて発送しています。


岡崎石の公園団地の常夜灯に続いて紹介するのは、
豊橋市の一号線沿いにある常夜灯
この燈篭も岡崎のみかげ石で製作されています。
常夜灯|豊橋 (5)
常夜灯|豊橋説明看板
こちらも秋葉山の灯篭です。
常夜灯|豊橋 (2)
作られたのは文化2年(1805)庶民に秋葉信仰が浸透し
常夜灯の建立が盛んになった時代です。
常夜灯|豊橋文化年号
台座には『吉田中安全』と刻まれています。
この時代になると、秋葉信仰が秋葉講という互助組織から、町や村の信仰へと移っていきます。
常夜灯|吉田中安全
この常夜灯は、城下の大火に対する安全祈願のために
吉田城の惣門(城の正門のような場所)に建てられました。
『新町の大燈籠』と吉田宿の名物になっていたそうです。

明治21年(1891)の濃尾地震で倒壊するも復旧
東南海地震(1944)と三河地震(1945)による倒壊
豊橋空襲(1945)6月
豊橋では市街地のほどんどが戦火に包まれました。

昭和55年(1980)豊橋公園内に再建し、
2001年に建立当時の位置に近い現在の場所に移転されたそうです。
吉田中安全秋葉山常夜灯|豊橋説明
破損も多く正面文字も欠けています。
『常』の両サイドにある文字は、おそらく『代』『永』
永代常夜灯|豊橋 (3)
お寺へ寄進する場合、永代常夜灯は、火を灯す永代の油代を含めて寄進されたとされます。この場合は永代町内で管理していきます。という意味あいで、町内の安全とともに町の繁栄も祈願されたのではないでしょうか。

永代常夜灯と刻まれた灯篭は、時々見かけられます。
こちらは岡崎市明大寺にあったもの(2025年撤去されています)
明大寺秋葉山永代常夜灯

豊橋市吉田の常夜灯は、豊橋を舞台としたライトノベル・アニメ
「負けヒロインが多すぎる!」にも登場します。
作中で常夜灯に灯りが点いているように、実際にも夜になると灯りが点きます。

この場所に残すために、灯篭の宝珠や火袋は
昭和55年の再建時に作り替えられています。
秋葉寺の定紋が彫刻された受には欠けがあります。
常夜灯|豊橋
獅子の姿もあります。
常夜灯地輪|豊橋
柱や地輪には、破損が多く見られます。
地輪には、補修の合間から獅子が顔を出しています。
常夜灯地輪|豊橋 (3)
牡丹の彫刻でしょうか。
常夜灯地輪|豊橋 (2)
東三河の地域にも、秋葉山常夜灯が多く残っています。
この常夜灯は、豊橋の文化財として、八町の交差点で町を照らしています。(N)

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杉田石材店は、石屋が集まる団地の中にあります。
石の公園団地|岡崎稲熊
団地の入口には「常夜灯」という石灯篭が建っています。
石の公園団地入口常夜灯|2016年撮影
(2016年4月撮影↑)
よく見ると、この燈篭には破損があります。
常夜灯|石の公園団地
笠の先端にある「蕨手(わらびて)」という
くるんとなっている箇所が欠損していたり、補修した跡も見られます。
常夜灯|石の公園団地
なぜ、欠けた石灯篭があるのか?
修理したり、撤去したりせずに建っているのか。
しかも、石屋の集まる団地の入口、石碑の横の目立つ場所に。

これにも、意味がありました。
石碑に刻まれた常夜燈の由来をご紹介します。
常夜灯由来碑
この燈篭、実は文政5年(1822年)に作られた常夜灯です。
石の公園団地が設立された50年前よりも、ずっと古い200年前です。

文政五年(1822年)に連尺町で創建されました。
(岡崎石製品協同組合連合会組合設立100年記念誌より)
文政時代に作られた常夜灯
岡崎市内で、はじめて秋葉講による常夜灯が建立されたのは寛政2年(1790)、この燈篭が建てられた文政期には町や村の信仰として秋葉信仰は庶民に広がっていきました。信仰の浸透とともに、石の産地である岡崎では、常夜灯の建立も盛んになっていきました。

今でも三河地域には秋葉山の常夜灯が街道沿いに多く残っています。
秋葉信仰は江戸時代から変わらず人々の身近な信仰の一つです。
地域の神社には秋葉山の祠があり、代参した方からお札が各戸へ配布されています。
常夜灯|石の公園団地
碑には、秋葉信仰と常夜灯についても刻まれていました。

『元来 秋葉神社は防火の神様であり
常夜灯と火事とは深いつながりがあり
日本人の生活の中で庶民生活の安寧を願う心が
火を崇める民衆の素朴な信仰心と結びついたもので有り
常夜灯に火を点して町の辻を明るくしようとした生活の知恵といえよう』

岡崎歳時記によると、その後、天保二年(1831年)に
出火の被害にあったと記されています。
そして、弘化元年(1844年)に再建されています。

灯篭の柱には、その説明の文字が刻まれています。
文政時代の創建と天保の再建
その後、昭和20年7月
市内の3分の1以上の家が焼失した岡崎空襲にあいます。
空襲により笠が破損してしまいます。
常夜灯|石の公園団地
昭和24年 戦災復興整理事業により南西の本町へ移転されました。
その後、昭和48年市街地再開発事業の為、更に移転せざるを得なくなってしまいます。
撤去されることなく、移転し残り続ける灯篭。
この燈篭がずっと大切にされ続けているのが伝わります。

その頃、石の公園団地が設立され、団地の建設にあたり移転先となったようです。

由緒碑によると、
『岡崎石工業界の先覚者裏町石工久七と其の一門の傑作にて
庶民の歴史と貴重な文化遺産を団地建設に当り
現状破損多きも当時を偲び末長く後世に傳え
災害難除と団地の繫栄祈願の為めここに建立する』とありました。
常夜灯|石の公園団地
この破損も歴史を残す遺産でした。
丁寧に作られれいる石灯篭も岡崎の文化を残す貴重なものです。
常夜灯|石の公園団地
建立の経緯を知らずに素通りしていた灯篭に
そんな思いがあるとは、知りませんでした。

災害難除と団地の繫栄祈願のおかげで、
団地ができて52年が経っています。(N)

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