石の産地である岡崎に、今も残る常夜灯を紹介します。
岡崎市花崗町の常夜燈
文化10年(1813)200年以上前に作られています。

三河地震や岡崎空襲で破損したのか、
笠と火袋もなく、明かりを灯す灯篭の役割は果たせません。
隣の常夜灯は、縮小版で復元なのかもしれません。
先代からも「あれは、いい常夜燈だから」と
聞いてはいたけれど、間近で見てみると
とにかく石工の技術が素晴らしい!

こんなに彫刻が施された常夜灯は、滅多にありません。
【受の正面】龍と秋葉山の定紋

受は3.5尺幅(106㎝)
現代のように電動工具がない時代に、
ここまで作り上げる石工の技術は、岡崎の自慢できるところです。

秋葉山の文字

まず、外枠と文字は同じ深さでビシャンで仕上げます。
背景の雲は、更に彫り下げた面に彫刻しています。
写真を拡大してみると、線状のノミ跡が残っています。

ノミ跡を見ると、どんなふうに彫っていったのか
職人の製作工程が想像できるのだそうです。
先の曲がったノミも使わないと、
ノミを当てられる方向(角度)も限られる中で作れない。
鍛冶屋さんのお母さんが言っている『まがり』のノミは
昔から石工たちに求められていたのでしょう。
江戸時代このような彫刻ができる石工が、岡崎にはいたのです。
この技術があったからこそ、岡崎をはじめ三河地方には
多くの常夜燈が作られ、今も残っていることに納得します。
【宝珠】

常夜燈の文字も力強く、息づかいが感じられます。

こんなに深く彫ってあります。
200年経っても、石の劣化が見られない硬い花崗岩を
当然ですが、手作業で彫り下げています。

見所を紹介していたら、
タイトルの『腕比べ』の話を忘れていました。
常夜燈がある花崗町は、岡崎の石工が多く暮らしていた
東海道から北側の石屋町通りにあります。
街道沿いには、今も石屋さんたちが多く暮らしています。
この常夜灯は、腕自慢の石工が技量比べとして
地輪の各面を各地区が担当して彫刻したそうです。
地輪の幅は4.2尺(127㎝)
この燈篭を起点として、
東の地域の石工が担当したと言われる龍



西側の人が担当した鯉



灯篭より前側の石工が担当した龍

枠からはみ出している角や、ツメの感じも好きです。

ひとつの常夜燈で、複数の職人が技術を披露しているのは
石工がたくさんいる石屋町だからこそ。
石工たちが、プライドを持って彫ったのだろうと推測されます。
文化十年


知れば知るほどに、残し続ける訳が分かります。
これが石屋とは無関係の町だったら、
この燈篭は残っていただろうか。
不必要として、片付けられてしまったかもしれません。
近くの両町にあった常夜灯は、
市内でも古い寛政2年(1790)のものでした。
岡崎空襲の被害にあっても建っていたそうです。
痛みがあり昭和47年に取り壊しとなりましたが、
灯篭の一番上の宝珠は、公民館の前に今も保存されています。
石文化の理解や、石工への尊敬がある
石屋の町だからこそ、守られているのかもしれません。
もちろん秋葉山の信仰も、町の歴史や文化の保存もあります。
変わらずに在り続けてくれる景色には、懐かしい気持ちにさせます。
いずれにしても、灯篭が大切にされている姿は、嬉しくなります。(N)
岡崎市花崗町の常夜燈
文化10年(1813)200年以上前に作られています。

三河地震や岡崎空襲で破損したのか、
笠と火袋もなく、明かりを灯す灯篭の役割は果たせません。
隣の常夜灯は、縮小版で復元なのかもしれません。
先代からも「あれは、いい常夜燈だから」と
聞いてはいたけれど、間近で見てみると
とにかく石工の技術が素晴らしい!

こんなに彫刻が施された常夜灯は、滅多にありません。
【受の正面】龍と秋葉山の定紋

受は3.5尺幅(106㎝)
現代のように電動工具がない時代に、
ここまで作り上げる石工の技術は、岡崎の自慢できるところです。

秋葉山の文字

まず、外枠と文字は同じ深さでビシャンで仕上げます。
背景の雲は、更に彫り下げた面に彫刻しています。
写真を拡大してみると、線状のノミ跡が残っています。

ノミ跡を見ると、どんなふうに彫っていったのか
職人の製作工程が想像できるのだそうです。
先の曲がったノミも使わないと、
ノミを当てられる方向(角度)も限られる中で作れない。
鍛冶屋さんのお母さんが言っている『まがり』のノミは
昔から石工たちに求められていたのでしょう。
江戸時代このような彫刻ができる石工が、岡崎にはいたのです。
この技術があったからこそ、岡崎をはじめ三河地方には
多くの常夜燈が作られ、今も残っていることに納得します。
【宝珠】

常夜燈の文字も力強く、息づかいが感じられます。

こんなに深く彫ってあります。
200年経っても、石の劣化が見られない硬い花崗岩を
当然ですが、手作業で彫り下げています。

見所を紹介していたら、
タイトルの『腕比べ』の話を忘れていました。
常夜燈がある花崗町は、岡崎の石工が多く暮らしていた
東海道から北側の石屋町通りにあります。
街道沿いには、今も石屋さんたちが多く暮らしています。
この常夜灯は、腕自慢の石工が技量比べとして
地輪の各面を各地区が担当して彫刻したそうです。
地輪の幅は4.2尺(127㎝)
この燈篭を起点として、
東の地域の石工が担当したと言われる龍



西側の人が担当した鯉



灯篭より前側の石工が担当した龍

枠からはみ出している角や、ツメの感じも好きです。

ひとつの常夜燈で、複数の職人が技術を披露しているのは
石工がたくさんいる石屋町だからこそ。
石工たちが、プライドを持って彫ったのだろうと推測されます。
文化十年


知れば知るほどに、残し続ける訳が分かります。
これが石屋とは無関係の町だったら、
この燈篭は残っていただろうか。
不必要として、片付けられてしまったかもしれません。
近くの両町にあった常夜灯は、
市内でも古い寛政2年(1790)のものでした。
岡崎空襲の被害にあっても建っていたそうです。
痛みがあり昭和47年に取り壊しとなりましたが、
灯篭の一番上の宝珠は、公民館の前に今も保存されています。
石文化の理解や、石工への尊敬がある
石屋の町だからこそ、守られているのかもしれません。
もちろん秋葉山の信仰も、町の歴史や文化の保存もあります。
変わらずに在り続けてくれる景色には、懐かしい気持ちにさせます。
いずれにしても、灯篭が大切にされている姿は、嬉しくなります。(N)
























