岡崎市 老舗石屋㈱杉田石材店のブログ
石灯篭(とうろう)庭園・神社用など石製品の製造販売

【創業190余年の老舗石屋】国内最大級の在庫展示数 石灯篭(とうろう)水鉢など庭用石製品をはじめ、石製品全般取り扱っております。本格こだわりの手作り石灯篭(とうろう)をお探しの方は実際に見比べてください。工場では職人の制作風景もご覧いただけます。~心のかよう石づくり~をめざし見る人の心が豊かになるよう心を込めて造っております。これからも技術を絶え間なく積み重ねてまいります。当ブログでは石彫刻品 記念碑 石像 モニュメント等の製作過程や設置事例をはじめ石屋の日々をお伝えしております。

タグ:扁額

祠の建て替え工事でお伺いした「江古田氷川神社」を
石屋目線でご案内します。

参道の大きな石鳥居をくぐると拝殿です。
訪れた日は、お宮参りのご家族が参拝されていました。
石鳥居|江古田氷川神社(東京都中野区)
鳥居の上部中央にある氷川神社と彫ってある「扁額(へんがく)」
文字面までの奥行が非常深く、ここまで深いのは珍しいです。
彫るの大変だっただろうな、という思いもあります。
こだわりが感じられるカッコいい作りです。
石鳥居|江古田氷川神社(東京都中野区)
昭和七年 建立の鳥居でした。
【手水鉢】参道の左手にあります。
手水鉢|江古田氷川神社(東京都中野区)
巴の紋と奉納の文字。
ここに彫るために書かれたと思われる文字からは、人の気配を感じます。
手水鉢|江古田氷川神社(東京都中野区)
いい文字
手水鉢|江古田氷川神社(東京都中野区)
さらに参道を歩いていくと
このお顔が出迎えてくれます。かわいい
狛犬|江古田氷川神社(東京都中野区)
待ってました!という歓迎ぶり かわいい
狛犬|江古田氷川神社(東京都中野区)
拝殿寄りの狛犬
フォルムも毛並みも表情も かわいい
狛犬|江古田氷川神社(東京都中野区)
全身から可愛がってもらっている雰囲気が伝わります。
狛犬|江古田氷川神社(東京都中野区)
人が好きなんだろうな
みんなが来てくれるのが嬉しそうな狛犬
狛犬|江古田氷川神社(東京都中野区)
お花を持っているのも珍しいです。
狛犬|江古田氷川神社(東京都中野区)
台座にもお花の縁取りがあり、華やかな作りです。
枠の中には、ごく浅い彫りで「奉」「献」と彫ってあります。
狛犬|江古田氷川神社(東京都中野区)
狛犬|江古田氷川神社(東京都中野区)
背面には、手水舎と同じく巴紋も彫刻されています。
狛犬|江古田氷川神社(東京都中野区)
後ろから見ても丸みのある体が可愛らしいです。
狛犬|江古田氷川神社(東京都中野区)
前脚の太さもかわいらしい。
狛犬|江古田氷川神社(東京都中野区)
狛犬の撮影画像はもっとたくさん残っています。(鳥居もですが)
いいなと思うと撮影枚数が増えていきます。

境内には、日露戦役の碑と霊神社の祠があります。
霊神社|江古田氷川神社(東京都中野区)
明治41年に建てれた昭忠社の文字がある祠
霊神社|江古田氷川神社(東京都中野区)
風化箇所もありますが、手の込んだ作りです。
霊神社|江古田氷川神社(東京都中野区)
建て替え工事をした3基の祠も一つ一つ大切に作られたものでしたが、
ご紹介したかった祠は、こちら↓
末社祠|江古田氷川神社(東京都中野区)
扉にも巴紋が彫ってあります。
末社祠|江古田氷川神社(東京都中野区)
宝珠
末社祠|江古田氷川神社(東京都中野区)
屋根
末社祠|江古田氷川神社(東京都中野区)
末社祠|江古田氷川神社(東京都中野区)
扉と屋根の間にある鴨居部分の彫刻
末社祠|江古田氷川神社(東京都中野区)
階段
末社祠|江古田氷川神社(東京都中野区)
きれいな祠です。
末社祠|江古田氷川神社(東京都中野区)
台座に刻まれた文字を見ると
「文政十一戊子年(歳) 六月吉日」かなあ 
200年位前です
末社祠|江古田氷川神社(東京都中野区)
石を見ていると、石造物を建てた人、作った人、お参りする人と、
多くの人たちの思いが感じられます。

一つ一つ誰かの思いが形となり、守られ残っていくのだなと
顔も分からない人たちを思い浮かべます。

神社に毎年10月の祭礼で奉納される
「江古田の獅子舞」(東京都指定無形民俗文化財)について
江古田の森公園に架かる北江古田橋に案内がありました。
江古田獅子舞巡業絵巻タイル2(北江古田橋)
長い羽の獅子頭が特徴的な3匹の獅子舞の行列や舞は、今も受け継がれています。
江古田獅子舞巡業絵巻タイル説明(北江古田橋)
このボリュームのある頭で舞う姿を見てみたいです。(N)

江古田氷川神社での石工事























亀山駅前にあった大きな石鳥居が
亀山市歴史博物館(三重県亀山市)に展示保存されました。
亀山市歴史博物館|亀山駅前旧石鳥居の保存展示
能褒野神社と彫刻された扁額をメインに柱、貫、ツメも設置し
実物大のサイズを出来る限り残し、保存展示しています。

亀山駅前に建っていた石鳥居
亀山駅前石鳥居|能褒野神社
駅前の再開発工事に伴い
今年2022年3月に解体されました。

道路の拡張などで過去に2度移設をし、当初より南へ南へ移動され
1986年からは駅前ロータリーに建っていました。
この大きさの石鳥居を、移設してまで大切にしてきた亀山の人たちの思い入れを感じます。
亀山駅前石鳥居
大正十五年に建てられた石鳥居は、岡崎産でした。
亀山駅前石鳥居
割った断面を見ると100年経っても変わらず
白い雲母がキラキラときれいな岡崎の白みかげ石です。
亀山駅前石鳥居|岡崎産白みかげ石
解体前の打ち合わせの帰り道に、伊勢名物の赤福というお菓子を買ってみました。
中に入っている『伊勢だより』というカードには
伊勢や三重の名所や文化などが紹介されています、
365日異なる絵柄が入っていて総数は、400とも500とも言われています。
そんな中入っていたのは能褒野神社!なんとも偶然。(2021年8月20日の伊勢だより)
能褒野神社 (1)伊勢だより
能褒野神社 (2)伊勢だより
ヤマトタケルは能褒野で亡くなったとされ日本武尊能褒野御墓は
現在も宮内庁に管理されています。
このお墓に隣接して建てられた神社が能褒野神社です。

鳥居の柱に彫刻された文字の中から『日本武尊』の部分を残すことになりました。
能褒野神社石鳥居柱加工
カットした断面も側面と同じようにノミで仕上げました。
直径58cmの柱
能褒野神社石鳥居柱加工
中貫という鳥居の柱の間に渡っていた石は長さ4800㎜あり、
現地で3つに割ってからトラックへ積み込みました。

工場で1800㎜の長さにカットし、カット面にノミを当てます。
能褒野神社石鳥居柱加工
カットした中貫は、展示区画背面の土留めとして再利用しています。
亀山市歴史博物館|亀山駅前旧石鳥居の保存展示
柱を両脇から挟んでいたツメは、中貫の上に置いてあります。
これは本来の配置と同じなので、中貫とツメは同じ厚みに揃っています。
亀山市歴史博物館|亀山駅前旧石鳥居の保存展示
今年3月に解体工事をしたときの様子。
大型のレッカークレーンを使って作業しました。
亀山駅前石鳥居解体工事
亀山駅前石鳥居額|能褒野神社
額のサイズは133cm×95cm 重量300㎏ありました。
亀山駅前石鳥居解体工事
額の文字は浅い彫刻でも十分に文字が見やすく、手書き文字が素敵です。
能褒野神社鳥居扁額
久邇宮邦彦王(香淳皇后(昭和天皇の后)の父)より
能褒野神社の御社号書が寄せられ
この書を扁額として大鳥居に掲げられたとのこと
2023.07追記
能褒野神社鳥居扁額
手で触れ、当時の職人の仕事が今も昔も変わらないことや
100年経ち岡崎の地に戻ってきていることを思い眺めていると、
やはり石は「残る」というのが石屋のやりがいの一つと感じました。

台石の合わせ加工をしたら再び亀山へ戻します。
100年前に岡崎で作られものが亀山で二度の移転を経て、
解体後再び岡崎へ戻り、再度亀山で設置されるとは、ずいぶん稀な石です。

このような石には、関わった人たちの思いが宿っている気がします。
能褒野神社扁額文字
展示用台石の加工を紹介します。
額の形に合わせて波型の溝を作ります。
台石の加工 (2)
額と台石の合わせ|額の展示台
額の底面のカーブに合わせて溝を彫りました。
額と台石の合わせ|額の展示台
額を支える背面の台石も、額の背面のカーブに合わせて石を削りました。
支え石の加工
額と台石はピンを入れ固定しました。
額と台石の設置工事ピン
亀山市歴史博物館の玄関横に展示されています。
保存展示していただけることは、石を扱うものとしても嬉しい限りです。
亀山市歴史博物館|亀山駅前旧石鳥居の保存展示
展示の後ろに見えている石は、亀山城の石坂門石垣と側溝の移設復元
亀山城石垣移設復元内看板|亀山市歴史博物館
石垣には刻印のある石もあり、石を積んだ後も刻印が見られるものが3個あるとのこと
こんな刻印を見つけました。
亀山城石垣刻印|亀山市歴史博物館
亀山城石垣復元案内看板|亀山市歴史博物館
矢を使って石を割った跡が残っていました。
亀山城石垣矢跡|亀山市歴史博物館
亀山城石垣矢跡|亀山市歴史博物館
石垣の内側に入っていた裏込めに使われた石も、敷地にありました。
亀山城石垣移設復元内看板|亀山市歴史博物館
またお出かけの際には亀山の歴史に触れてみてください。(N)




 

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