私たちは、道祖神を製造販売しています。
「自宅に置いてもいいですか?」と、
お問合せを受けることもある「道祖神」についてお話します。

道祖神といえば、安曇野をはじめ、信州のイメージが強いですが
調べてみると、神奈川、群馬、山梨 静岡にも多く分布しています。
長野県に接している愛知県の北部では、一部見られますが、
石の産地である岡崎をはじめ、県内では古い道祖神を目にすることはありません。
道祖神の文化は、愛知県全域に広がらなかったようです。
各地域を治めていた藩の影響なのか、
高遠の石仏も、愛知県には北部にしか見られず、県内全域には広がっていません。
石工の集団も藩お抱えの存在だったのか、文化的な交流が少なかったのでしょうか。
各地に存在する道祖神は、
意味合いを一つに絞ることが難しいようです。
例えば、
◎飢餓に苦しむ村では、
豊作を祈願して、祈りをささげるために作られた
作神(さくがみ)
※地域によっては、蚕の神様などもあったようです。
◎疫病が広まることは、
科学や医療が発展していない時代には、恐れられていたことでしょう。
村の存続にも関わる危機意識が、強かったと想像できます。
村の入口に疫病や悪霊が入ってこないよう
「塞ぐ」という意味合いの『塞の神』が作られたことは自然なことでしょう。
岐の神(ふなどのかみ)
◎性神
子孫繁栄への祈りから、夫婦和合など
盃と徳利の祝言を表す姿や、男女が握手をしているもの、
肩を抱いたものも多くあります。

私たちが作っている道祖神は「双体道祖神」といって
男女が並んでいる姿を彫刻することが多いです。
二人が寄り添っている姿はほほえましく、周りの空気をあたたかくさせます。

「道祖神」と文字を彫刻することもあります。

江戸時代には、一部の地域で
村が繁栄すると、その村の道祖神が盗まれる
「道祖神の嫁入り」という行為があったそうです。
盗むことを、嫁入りと言い換えているのも、身勝手な言い訳のような。
盗むことが公然と行われていた。ただし、勝手に盗むのではなく、
人間の嫁入り同様に、結納金を納めて、道祖神を連れてきて
嫁入りと同様にもてなされ、歓迎されたそうです。
立場が変われば、村にとっては、大切な道祖神は手放したくない。
そこで盗難防止のために、
石に「帯代5拾両」など、大袈裟に刻み、嫁入りを抑止していた話も残っているそうです。
(信州朝日村の道祖神)
多くの道祖神は、無病息災、五穀豊穣、夫婦和合、子孫繁栄、縁結び
村や旅人の安全祈願まで、さまざまな願いで置かれてきたようです。
これらは、自分たちをはじめ、祖先が生き残っていくために、
『祈り』があったからではないでしょうか。
病気や食料危機などの不安を回避し、
子孫を残していくことは、本能的な心理かもしれません。
道祖神は、身近な神様として地域の人々に大切に受け継がれてきました。
先人の心を癒し、現代を生きる私たちの心も、変わらず癒してくれています。
『祈る』ことで、不安が解消され安心する。
これは前向きに生きる知恵とも言えそうです。
ご自宅に道祖神を置くことは、意味合いとしても
無病息災 夫婦和合などに当てはまります。
お家に悪いものが入らないように、守り神としても良さそうです。
ほほえましい姿を毎日眺めているだけで、
やさしい気持ちになれそうです(N)
参考文献 道祖神のふるさと 伊藤堅吉 遠藤秀男 著書
「自宅に置いてもいいですか?」と、
お問合せを受けることもある「道祖神」についてお話します。

道祖神といえば、安曇野をはじめ、信州のイメージが強いですが
調べてみると、神奈川、群馬、山梨 静岡にも多く分布しています。
長野県に接している愛知県の北部では、一部見られますが、
石の産地である岡崎をはじめ、県内では古い道祖神を目にすることはありません。
道祖神の文化は、愛知県全域に広がらなかったようです。
各地域を治めていた藩の影響なのか、
高遠の石仏も、愛知県には北部にしか見られず、県内全域には広がっていません。
石工の集団も藩お抱えの存在だったのか、文化的な交流が少なかったのでしょうか。
各地に存在する道祖神は、
意味合いを一つに絞ることが難しいようです。
例えば、
◎飢餓に苦しむ村では、
豊作を祈願して、祈りをささげるために作られた
作神(さくがみ)
※地域によっては、蚕の神様などもあったようです。
◎疫病が広まることは、
科学や医療が発展していない時代には、恐れられていたことでしょう。
村の存続にも関わる危機意識が、強かったと想像できます。
村の入口に疫病や悪霊が入ってこないよう
「塞ぐ」という意味合いの『塞の神』が作られたことは自然なことでしょう。
岐の神(ふなどのかみ)
◎性神
子孫繁栄への祈りから、夫婦和合など
盃と徳利の祝言を表す姿や、男女が握手をしているもの、
肩を抱いたものも多くあります。

私たちが作っている道祖神は「双体道祖神」といって
男女が並んでいる姿を彫刻することが多いです。
二人が寄り添っている姿はほほえましく、周りの空気をあたたかくさせます。

「道祖神」と文字を彫刻することもあります。

江戸時代には、一部の地域で
村が繁栄すると、その村の道祖神が盗まれる
「道祖神の嫁入り」という行為があったそうです。
盗むことを、嫁入りと言い換えているのも、身勝手な言い訳のような。
盗むことが公然と行われていた。ただし、勝手に盗むのではなく、
人間の嫁入り同様に、結納金を納めて、道祖神を連れてきて
嫁入りと同様にもてなされ、歓迎されたそうです。
立場が変われば、村にとっては、大切な道祖神は手放したくない。
そこで盗難防止のために、
石に「帯代5拾両」など、大袈裟に刻み、嫁入りを抑止していた話も残っているそうです。
(信州朝日村の道祖神)
多くの道祖神は、無病息災、五穀豊穣、夫婦和合、子孫繁栄、縁結び
村や旅人の安全祈願まで、さまざまな願いで置かれてきたようです。
これらは、自分たちをはじめ、祖先が生き残っていくために、
『祈り』があったからではないでしょうか。
病気や食料危機などの不安を回避し、
子孫を残していくことは、本能的な心理かもしれません。
道祖神は、身近な神様として地域の人々に大切に受け継がれてきました。
先人の心を癒し、現代を生きる私たちの心も、変わらず癒してくれています。
『祈る』ことで、不安が解消され安心する。
これは前向きに生きる知恵とも言えそうです。
ご自宅に道祖神を置くことは、意味合いとしても
無病息災 夫婦和合などに当てはまります。
お家に悪いものが入らないように、守り神としても良さそうです。
ほほえましい姿を毎日眺めているだけで、
やさしい気持ちになれそうです(N)
参考文献 道祖神のふるさと 伊藤堅吉 遠藤秀男 著書








