岡崎市 老舗石屋㈱杉田石材店のブログ
石灯篭(とうろう)庭園・神社用など石製品の製造販売

【創業190余年の老舗石屋】国内最大級の在庫展示数 石灯篭(とうろう)水鉢など庭用石製品をはじめ、石製品全般取り扱っております。本格こだわりの手作り石灯篭(とうろう)をお探しの方は実際に見比べてください。工場では職人の制作風景もご覧いただけます。~心のかよう石づくり~をめざし見る人の心が豊かになるよう心を込めて造っております。これからも技術を絶え間なく積み重ねてまいります。当ブログでは石彫刻品 記念碑 石像 モニュメント等の製作過程や設置事例をはじめ石屋の日々をお伝えしております。

タグ:石碑

岡崎市内に建設中の老人ホームに、新しく石碑が完成しました。
石碑(万成石)|記念碑の制作施工
こちらの石碑の、製作過程をご紹介します。

まずは石の選定からはじめます。
文字の内容や字数、設置場所をイメージしながら選びます。
P8103158

自然肌の石を利用する場合には、大きさや石の形を見ながら、石の表面に段差が少なく、文字が彫れる石を選びます。
石碑ができるまで文字レイアウト
つぎに、文字サイズやレイアウトを調整していきます。
側面からも立ち姿を見て、前後の傾きも調整します。
底面にツメや角材を入れて、角度や向きを決めます。
石碑文字配置 (2)
上から糸を垂らして、地面に対して垂直に文字を配置します。
下の緑色のラインを設置後の埋め込み位置とします。
正面には大きく「刻石流水」、側面に社名や日にちを彫ります。
石碑文字配置
使用する万成石(まんなりいし)は岡山県の桜みかげ石
万成石石肌
側面にある皮の部分などは、万成石らしい濃いオレンジ色の錆が出ています。
万成石石色
側面の凹凸がある石肌を、文字が彫れるように枠取り加工します。
枠の形に切り込みをいれます。
枠取り加工|石碑製作加工
石の地の色が出るまで、色の濃い表面を彫り下げます。
枠取り加工|石碑製作加工
予定よりも深く彫り下げ、ようやく地の色が出てきました。
しかし、部分的に色の濃い層が残り、この部分には文字は彫れません。
この面に文字を彫刻する予定でしたが、予定を変更します。
枠取り加工|石碑製作加工
急遽、底面を切った時の材料でプレートを製作しました。
ボンドの食いつきをよくするために、それぞれ接合面に切り込みをいれます。
枠取り加工|石碑製作加工
プレートはめ込み|石碑製作加工
プレートはめ込み|石碑製作加工
ボンドが固まるまで、爪を差して固定しておきます。
プレートはめ込み|石碑製作加工
左面も同様に石材プレートをはめ、乾いたら目地を入れて仕上げます。
石碑プレート|石碑製作加工
本体の材料から作った万成石のプレートは、ビシャン仕上げ
名前のプレートは垂直よりもわずかに内側へ寝かせいます。飛び出しを部分を減らし、目立ち過ぎないように石のラインに沿わせています。
石碑プレート|石碑製作加工

石碑プレート|石碑製作加工
次回は文字彫刻の様子をご紹介します(N)




以前、仏教遺物の庭へ転用(再利用を)をしていた茶人の記事(石灯篭とSDGs~孤篷庵~)を書きました。今回はお庭にあった石の再利用をご紹介します。
お客様より記念碑を立てるにあたり、旧家で使われていた沓脱石を利用できないかとご相談を受けました。代々使われていた沓脱石を記念碑の台石として使うことに決まりました。
記念碑|沓脱石の転用
加工の為、工場へ持ち帰り洗いました。
記念碑|沓脱石の転用
この石に合わせて赤色の石で本体を製作します。
渡船場跡地ということで帆掛け型船をイメージしたデザインにしました(運行されていたのは帆掛け船ではありません)
記念碑|沓脱石の転用
本体は艶のないマットな仕上げ
記念碑|石彫刻文字
昭和の中頃まで愛知県の知多半島と高浜や碧南の間の衣浦湾では、渡し船での往来が盛んでした。今回、記念碑が建てられた『松江渡船場』は松江(碧南市)から亀崎(半田市)を往来する渡船で明治19年から昭和31年までの約70年人々の交通を支えていたそうです。松江の渡し船の歴史を形として残したいとのことで記念碑を作らせていただきました。
当時使われていた案内看板
松江渡船場看板
碑に刻まれた福庄とは、松江~亀崎間の渡船を行っていた会社の創業時の屋号で、当時は会社の中に渡船部があり、その後両半酒造として事業を引き継いだそうです。知多は元々酒造が盛んな地域でしたその木桶などを利用したみりんやお酢などの醸造も発展したとの話もあります。酒造屋さんと渡船の組合せを不思議に思うかもしれませんが、江戸への物流拠点として活躍した衣浦港では廻船の業務も盛んだったと思われ知多地域の特性が伝わる歴史です。

松江渡船場跡|福庄
屋号の文字見本
両半酒造
渡船場の跡地近くには現在こちらの碑と案内看板が設置されています。
松江渡船場跡記念碑(碧南市)
松江渡船場跡の看板(碧南市) (1)
松江渡船場跡の看板(碧南市) (2)
看板にある通り、40分おきに一日18便の往復があった大正時代 人々が日常的な交通手段として利用していたことが伝わります。
松江渡船場跡の看板(碧南市) (1)
衣浦湾両岸の高浜市・碧南市・東浦町・半田市には当時合わせて6本の航路がありました。尾張と三河を結ぶ交通手段として行商人や旅行などに利用され、衣浦湾を渡って嫁入りする光景もあったそうです。高浜市では『芳川渡し場まつり』として花嫁が利用していた『嫁入り舟』の再現があるそうです。かつて人々が船で行きかっていた景色は風情があったことでしょう。現在は衣浦大橋や海底トンネルができ渡し船の必要はなくなってしまいましたが渡船場跡地には記念碑や案内看板が建てられています。(N)



京都府宇治市にある旦椋(あさくら)神社にて石製品を2つ設置しました。
一つ目は「令和の御大典記念植樹碑」20㎝角の石柱を本殿に正面文字が向くように設置しました。
記念植樹碑(令和御大典奉祝)
この木が太くなった頃、良いものは今と同様に在り続け、より良い時代になっていることを願います。
記念植樹碑(令和御大典奉祝)
二つ目は『奉納』と刻まれた石製の机です。
石の机(お供え用)|京都旦椋神社
今まではご神木にお参りする際には木の根元にある机にお供えしていたのですが、しめ縄が巻かれている木の奥側両脇の木も含めてご神木とのことで3本の木が見える位置に大きなサイズの机を新設しました。
石の机(お供え用)|京都旦椋神社
中央のシイノキは樹齢400年 幹周3.2m 宇治名木百選に認定されています。ちなみに、これとは別に境内の「もちのき」も名木百選に認定されています。
宇治市名木百選マップ ■宇治市内の名木百選の位置が検索できます。)
この木が芽を出した400年前の1619年は江戸時代のはじめ元和(げんな)という元号の時代になります。元和から令和の時代まで旦椋神社とともにこの場所にあります。今年植えた木も大きく育ってくれますように。

【旦椋(あさくら)神社】 京都府宇治市大久保町北ノ山109−1 大久保駅から徒歩5分
旦椋神社の歴史は古く720年の日本書紀にも登場します。お近くにお出かけの際はお参りください。






山頂に石碑を建てています。
クレーンが使えない場所では三つ又(チェーンブロック)を使って石を動かします。三本の鉄パイプの足を広げ上部にチェーンブロックセットします。まず横向きになっている石を起こします。
石の運び方石柱記念碑
三つ又を組みなおして、ゆっくり起こしていきます。
石の運び方石柱記念碑
台石の手前に立たせます。
石の運び方石柱記念碑
台石と同じ高さまで上げます。
石柱記念碑設置工事|犬山
本殿の両脇に二基の記念碑が無事に建ちました。本殿も新しくなり山頂が明るくなりました。左右の碑は地面に高低差がある為、間知(台石)の高さを変えて碑が同じ高さに見えるようにしています。
石柱記念碑設置工事|犬山
標高293m 犬山の街が眼下に見えます。
石柱記念碑設置工事|犬山
無事に山頂での設置工事が終わりました。
石柱記念碑設置工事|愛知大縣神社
引き続き参道の補修工事をしております。

石柱型の記念碑 2(間知積み)
石柱型の記念碑 1(基礎)

山頂に石碑を建てる工事をしています。
愛知県犬山市の本宮山は尾張本宮山とも呼ばれる標高293mの山です。ふもとの大縣神社から山頂の本宮までの参道は登山道にもなっています。石を搬入する際も岩肌や木の根があるこの道を通ります。石材運搬搬入路|大縣神社犬山市
距離の長い階段もあります。
石材搬入路階段部|大縣神社犬山市
この道を登って山頂に碑を建てます。
石材搬入路階段部|大縣神社犬山市
ソリ(舟)を使って引っ張り上げる為に、ソリが通る搬入路を作ります。
石材運搬搬入路|大縣神社犬山市
杭を使って罠を仕掛けているようですが
石材運搬搬入路|大縣神社犬山市
板を掛けると道ができます。この上をソリが通ります。
石材運搬搬入路|大縣神社犬山市
こんな風に板の上を石を括り付けたソリ(舟)が上がっていきます。
ソリ(舟)による山頂への石材搬入
想像しているよりもかなりゆっくり動きます。ウインチ(巻き上げ機)をこまめに止めて全体の様子を確認しながら慎重に作業しています。
ソリ(舟)による山頂への石材搬入













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