岡崎市 老舗石屋㈱杉田石材店のブログ
石灯篭(とうろう)庭園・神社用など石製品の製造販売

【創業190余年の老舗石屋】国内最大級の在庫展示数 石灯篭(とうろう)水鉢など庭用石製品をはじめ、石製品全般取り扱っております。本格こだわりの手作り石灯篭(とうろう)をお探しの方は実際に見比べてください。工場では職人の制作風景もご覧いただけます。~心のかよう石づくり~をめざし見る人の心が豊かになるよう心を込めて造っております。これからも技術を絶え間なく積み重ねてまいります。当ブログでは石彫刻品 記念碑 石像 モニュメント等の製作過程や設置事例をはじめ石屋の日々をお伝えしております。

タグ:豊橋

玉垣の新設工事をしました。

吉川神明社 遷座400年記念事業のひとつとして、
石の玉垣を検討していると、ご相談があったのは
3、4年前だったかもしれません。

役員の皆さんと打ち合わせを重ね、完成しました。
玉垣新設工事|吉川神明社(豊橋市)
道路沿いの直線47m分
既存のコンクリート塀から、石製の玉垣へ作り替えられました。
玉垣新設工事|吉川神明社(豊橋市)
玉垣は、このように親柱(大サイズ)の間に
子柱(小サイズ)を並べるのが一般的です。
玉垣新設工事|吉川神明社(豊橋市)
こちらは、親柱の間に6本の子柱を入れています。
1区間の距離や、石のサイズ、本数に決まりはありません。
柱の間隔を広げれば、石の数は少なくなります。
玉垣新設工玉垣字彫り|吉川神明社(豊橋市)
柱には、奉納者の町名とお名前を彫刻しています。
お預かりしている原稿と
間違いがないか、1本ずつ確認をします。
・親柱21本
・子柱107本
玉垣新設工事|吉川神明社(豊橋市)
工事がスムーズに進められるように
並び順に合わせて1区間ごとに材料をまとめます。
1区間の材料
・親柱1本
・子柱6本
・笠石 (長いもの1本 短いもの2本)
玉垣新設工事1スパンの材料|吉川神明社(豊橋市)
柱には、1本ずつ番号をつけて並べます。
玉垣新設工事1スパンの材料|吉川神明社(豊橋市)

工事前(コンクリート基礎済)
自転車が写っているように、神社の隣には公園があり
子どもたちが遊ぶような明るい雰囲気の場所です。
玉垣新設工事|吉川神明社(豊橋市)
コンクリート基礎の上に、穴をあけて
ピンを差して、石の柱を建てていきます。
玉垣工事|吉川神明社(豊橋)
各パーツが人力で動かせる材料なので、
ひとつずつ手作業で進めていきます。
玉垣工事|吉川神明社(豊橋)

玉垣工事|吉川神明社(豊橋)

玉垣工事|吉川神明社(豊橋)

玉垣工事|吉川神明社(豊橋)
完成した玉垣がずらっと並ぶと圧巻です。
地域の方のお名前や企業・団体名が彫刻されています。
玉垣新設工事|吉川神明社(豊橋市)
自分の名前を刻んだ石の存在は、現物を目の前にすると
想像していたよりも嬉しいものです。
多くの人は、玉垣を新設する機会になんて巡り合えません。

同業者と玉垣の写真を見ていても、
「やっぱり、玉垣に名前を彫るっていいよね」
「名前があるって、みんな嬉しいよね」という話になります。

遷座400年記念の大祭には、
子どもも、大人も世代を問わず、地域の方が参加していました。
吉川神明社(豊橋市)遷座400年大祭
獅子舞 神輿の巡回、稚児行列
神楽や花火の奉納などなど 3日のお祭りが開催されました。
吉川神明社(豊橋市)遷座400年大祭
にぎやかで盛大
吉川神明社(豊橋市)遷座400年大祭
壁にかかっている大きな幕は、やぐら用に新調されたそうです。
伝統も大切だけれど、時代の変化に合わせて改革する。
新しいものを取り入れ、若い人たちに参加してもらいたい。
そんな気持ちが、随所に現れているように感じました。

華やかなお祭りは、見ているだけで元気が出ます。
吉川神明社(豊橋市)遷座400年大祭
石工事にあたり、役員の方をはじめ、
多くの皆さまにご協力いただきました。
本当に、どの方も協力的で温かい、そんな神社でした。(N)
感謝状|吉川神明社
感謝状をいただきました。ありがとうございました。

吉川神明社の記事




玉垣工事のご案内

玉垣の改修工事(修理・傾き直し)






神社に石碑を建てます。
参拝する人に見えるように、参道入口側に向けて設置します。
石碑の設置工事|吉川神明社
設置場所を決めたら、基礎工事をはじめます。
周りの石を移動して、土を掘ります。
幅2600 奥行900mmの台石が入ります。
石碑の設置工事(基礎)|吉川神明社
穴底をランマーで叩き締めます。
石碑の設置工事(基礎)|吉川神明社
砕石を入れ、更にランマーで叩き締めます。
石碑の設置工事(基礎)|吉川神明社
プラスチック杭を入れます。
石碑の設置工事(基礎)|吉川神明社
打ち込んでも地中に杭が入らなくなったら、杭の上部を切ります。
石碑の設置工事(基礎)|吉川神明社
ワイヤーメッシュを入れます。
石碑の設置工事(基礎)|吉川神明社
コンクリートを流します。
石碑の設置工事(基礎)|吉川神明社
基礎工事の完了
石碑の設置工事(基礎)|吉川神明社
日にちをおいて、台石と石碑を設置します。(N)




吉川神明社の記事

神社の石碑を作ります。
岡崎産の吉祥石 幅200㎝ 高さ100㎝ 重量1300kg
記念碑の製作|吉川神明社
本体に合わせて、台石を選びました。
幅250㎝ 重量1800kg
記念碑の製作|吉川神明社
台石に、本体をはめ込む穴をあけます。
工場内のクレーンを使って、石を移動します。
記念碑の製作|記念碑台座 (1)
記念碑の製作|記念碑台座 (2)
記念碑の製作|記念碑台座 (4)
石を機械に置いて、水平にセットします。
記念碑の製作|記念碑台座 (7)
「コア抜き」といって、パイプの先端に付いた刃を
回転させて石を削ります。
記念碑の製作|記念碑台座 (7)
この機械で、はめ込みの穴をあける訳ではありません。
記念碑の製作|記念碑台座 (7)
穴の底面に、高さの基準を作る目的で作業しています。
記念碑の製作|記念碑台座 (7)
石をはめる190×25㎝の面積の中に
このように4か所に6個ずつの穴を掘りました。
記念碑の製作|記念碑台座 (7)
パイプで掘ると、円形に石が削れます。
記念碑の製作|記念碑台座 (7)
石を取り除いていきます。
この底面を基準にして、はめ込み穴を作ります。
記念碑の製作|記念碑台座 (7)
石を削って、本体を差し込む穴を作ります。
記念碑の製作|記念碑台座 (7)
底面は、レベルを確認して削ります。
記念碑の製作|記念碑台座 (7)
本体の石の形に合わせた穴を作りました。
記念碑の製作|吉川神明社記念碑台座 (25)
台石の天面は、平らではないので、
穴の深さは1~9㎝位で場所によって違います。
記念碑の製作|吉川神明社記念碑台座 (27)
はめ込みの穴は、本体よりも少し大きめにしています。
記念碑の製作|吉川神明社
はめ込みは、ぴったりではなく隙間を作ります。
隙間には、施工時にセメントが入ります。
記念碑の製作|吉川神明社
石に彫る文字を配置して、
文字サイズや余白を調整してレイアウトを決めます。(仮)
記念碑の製作|吉川神明社
文字を彫って、工場での作業は完了です。
石碑の石碑工事|吉川神明社
次は、現地で設置準備をします。(N)





吉川神明社の記事

岡崎石の公園団地の常夜灯に続いて紹介するのは、
豊橋市の一号線沿いにある常夜灯
この燈篭も岡崎のみかげ石で製作されています。
常夜灯|豊橋 (5)
常夜灯|豊橋説明看板
こちらも秋葉山の灯篭です。
常夜灯|豊橋 (2)
作られたのは文化2年(1805)庶民に秋葉信仰が浸透し
常夜灯の建立が盛んになった時代です。
常夜灯|豊橋文化年号
台座には『吉田中安全』と刻まれています。
この時代になると、秋葉信仰が秋葉講という互助組織から、町や村の信仰へと移っていきます。
常夜灯|吉田中安全
この常夜灯は、城下の大火に対する安全祈願のために
吉田城の惣門(城の正門のような場所)に建てられました。
『新町の大燈籠』と吉田宿の名物になっていたそうです。

明治21年(1891)の濃尾地震で倒壊するも復旧
東南海地震(1944)と三河地震(1945)による倒壊
豊橋空襲(1945)6月
豊橋では市街地のほどんどが戦火に包まれました。

昭和55年(1980)豊橋公園内に再建し、
2001年に建立当時の位置に近い現在の場所に移転されたそうです。
吉田中安全秋葉山常夜灯|豊橋説明
破損も多く正面文字も欠けています。
『常』の両サイドにある文字は、おそらく『代』『永』
永代常夜灯|豊橋 (3)
お寺へ寄進する場合、永代常夜灯は、火を灯す永代の油代を含めて寄進されたとされます。この場合は永代町内で管理していきます。という意味あいで、町内の安全とともに町の繁栄も祈願されたのではないでしょうか。

永代常夜灯と刻まれた灯篭は、時々見かけられます。
こちらは岡崎市明大寺にあったもの(2025年撤去されています)
明大寺秋葉山永代常夜灯

豊橋市吉田の常夜灯は、豊橋を舞台としたライトノベル・アニメ
「負けヒロインが多すぎる!」にも登場します。
作中で常夜灯に灯りが点いているように、実際にも夜になると灯りが点きます。

この場所に残すために、灯篭の宝珠や火袋は
昭和55年の再建時に作り替えられています。
秋葉寺の定紋が彫刻された受には欠けがあります。
常夜灯|豊橋
獅子の姿もあります。
常夜灯地輪|豊橋
柱や地輪には、破損が多く見られます。
地輪には、補修の合間から獅子が顔を出しています。
常夜灯地輪|豊橋 (3)
牡丹の彫刻でしょうか。
常夜灯地輪|豊橋 (2)
東三河の地域にも、秋葉山常夜灯が多く残っています。
この常夜灯は、豊橋の文化財として、八町の交差点で町を照らしています。(N)

豊橋市(戦争)に関連する記事↓

常夜灯に関連する記事↓
 







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